新国立ファイナル回顧録 -コロナ禍の一年間を踏まえて-
新国立競技場として改修されてから初めての来訪となる私は千駄ヶ谷駅を降りてからは懐かしい光景に記憶を掘り起こしていた。
その"懐かしさ"の正体は2013年12月29日の天皇杯準決勝・サンフレッチェ広島戦の観戦に行った時のものである。旧国立競技場にて決勝進出まであと一歩のところからPK戦での敗退。「タイトル獲得」とは願っているだけでは叶わぬ高いところにあるものなのだと痛感させられた。国立に来る時はいつもタイトルが懸かる負けられない一戦だ。一抹の緊張感に苛まれながら入場列を進んだ。
今回のルヴァンカップ決勝は無事に開催されることだけでも非常にハードルが高かった。まず11月7日の従来の日程は柏レイソル内でのクラスター発生によって史上初めての延期となり、その後のJ1やJ2でもコロナウイルス感染による延期の事象が相次いでいた。
開催当日まで関東近郊の感染者数も増加傾向のまま、「大会中止の場合は両軍優勝で賞金を折半」といったリリースや「東京都が政府に緊急事態宣言を要請」などの報道が溢れ、「お願いだから最悪は無観客でもいいから決勝だけはやらせてくれ」という切実な声が多かった。それだけにスタジアムで指定された自分の席に座り、一息ついた瞬間にはちょっとした安堵すらあった。
ドロンパを発見!!
両軍のGK陣の登場から柏レイソル選手たちのアップ開始、そしてしばらくしてから東京の選手たちがピッチに現れ、慌てて私はカメラを用意した。アップを行う姿はいつも味スタで見ている何気ない光景ながら「初めての新国立に選手たちも緊張しているのかな」なんて思いながら見守った。
今回のサブメンバーには高萩や田川が不在。誰が勝負を決めるのか、そして安間さんとはこれが最後のウォーミングアップなのか、など様々な思いが巡る。
今季はACLとの並行シーズンで過密日程を強いられ、選手起用もかなり流動的となった。若手の抜擢に躊躇がない健太監督からの期待とコンディション面の事情など相まって台頭した若き才能たちがシーズンの目玉だった。
スタメン起用の原大智、粗削りな部分も多いが天性の得点感覚は伸び代しかないストライカー。
安部柊斗と中村帆高は明治大出身コンビ。昨年の渡辺剛の台頭を見ているかのようなルーキーイヤーの域を超える安定感を披露した。
長身守護神の波多野豪、正GKの林が大怪我を負っても不安を感じさせないだけの急激な成長ぶりを見せている。
監督が選び抜いたベスト布陣がこの11名であり、そこに疑いの余地はない。2020年開幕前の面々から見れば、高萩やディエゴの負傷欠場、室屋と橋本の海外移籍などあって多くの顔ぶれがこの決勝には出場出来ていないわけだが、一年間を通した底上げは確実に成果をあげている。それが形として表れるか否か。それがこの決勝戦であり、多くの選手たちにとって待望のメジャータイトルなのである。
選手紹介では東京側の技巧に凝られたオリジナリティ溢れる煽りVTRで柏側に先制パンチを食らわせることに成功。我らが健太監督の紹介シーンが切り取られるハプニングもあったが、青赤ファンはすっかり戦闘態勢へ入り込むことができた素晴らしいVTRだった。
選手入場。この雰囲気だけでもスタジアムに来てよかったと感じさせられるような壮大なものだった。
東キャプテンの宣誓。少し緊張した様子を見せながらも「サッカーができる日常があることに感謝」というコロナ禍で最も痛感させられた大切な“想い”が伝わってきた。遅れてベンチに座りに行くアダイウトン。「今日も試合を決めてくれるかな」と期待してカメラを向けておく。
ドロンパは健太監督とお馴染みのグータッチで気合注入!!
試合が始まってからはカメラを置いて試合に集中した。レアンドロの先制ゴールが決まり、真っ先にベンチへ駆けていく姿を見てチームの一体感や確かな勢いを実感。リーグ戦での柏レイソルとの対戦時(第2節・三協フロンテア)にディエゴへの悪質なタックルを見舞っていたヒシャルジソンを華麗に交わしての得点。幸先のいいスタートダッシュだ。
オルンガやクリスティアーノといった破壊力抜群の外国人たちを東京は身体を挺して無効化する。小川のライン際での粘りやオマリと剛の緻密なチャレンジカバー、帆高の球際の強さなど今季に見せてきたハイパフォーマンスが見事に発揮され、あまり怖い場面は作られない。
90分間を通してバチバチだったのが、豪と彼がキャッチしたところへ異常に寄せていくオルンガの攻防。前半終了間際に豪のミス(健太監督談)から失点を喫し、レアンドロに怒られてしまった(試合後の小川諒也談)若き守護神だったが、その後もオルンガにはまとわりつかれ、フラストレーションを溜めていないか心配ではあった。
しかし、後半に入っても集中力を切らさぬ守備陣に呼応するかのように豪は果敢に前に出てハイボールやルーズボールの処理をこなした。
流動的な展開の中でアダイウトンとタマの同時投入。同点の状況で先に動いた健太采配が功を奏する。特に決勝点を決めたアダイウトンは左サイドに配され、柏守備陣に確かな脅威を与えた。馬力最大の重戦車のように勇猛果敢に仕掛け、幾度となく後半からチームを加勢してきた役割を十分に果たしてくれた。
スタンドから見ている限り、森重やレアンドロは足が痙攣していた様子だったが、彼らは交代することなく最後まで勝利のために走った。
途中交代を用意している品田と内田の姿が目に入った。地上波放送で「下部組織出身の有望株の2人」なんて紹介されていないかな、と妄想した。投入された内田との交代でピッチを退いた永井が観客を煽る。アダイウトンも更に煽る。彼ら全員から気迫を感じた。
最後の数分は確実に気持ちだけの勝負だ。最後に森重が相手陣地のフラッグ付近へボールを大きく蹴りだし、歓喜のホイッスル。11年前のリーグカップ制覇を知るメンバーがいない東京にとっては悲願のタイトル獲得である。東や永井、林らベテラン選手たちにとってもプロキャリア初めてのタイトルであった。
メンバー外の東京の選手たちも出てくる。今季のサプライズだった中村拓海、移籍説も囁かれていた選手会長の矢島輝一ら色んな立場からの感情が背中から溢れてくる。
多くの選手たちと握手をする健太監督。誰が退団するのかはほぼ把握していたことだろう。
柏レイソルの選手たちも素晴らしい戦いぶりであったし、最後まで暖かくセレモニーを見守ってくれた。後は選手たちの感情が爆発するだけの時間で説明がつかない。声が出せない観客たちは大きな拍手で笑顔の選手たちを見守った。
1月28日にACLプレーオフが実施され、コロナの猛威を受けシーズンの閉幕は1月4日。ほぼ1年間をかけて戦い抜いた選手たち、スタッフなどの全関係者が頑張ってくれた。正直、ACLでの戦いなどを見る限りでは「戦術構築の不足」「攻撃面の改善必須」など厳しい意見も散見されたし、私自身も何かしらの工夫が必要だと感じた部分が多かったのも事実である。2019シーズンから得点数が変わらず、失点数だけが増えてしまった。新たなシステムを筆頭にチャレンジに出た年であったから致し方ないところもあるが、引いた相手を崩していく攻撃面の工夫は特に補強やキャンプなどを含めて進化してほしいポイントはいくつかあった。
そうした課題は当然ながらあるものの過密日程を若い力とベテランの融合で乗り切り、アジアの舞台で国際大会を経験し、このルヴァンカップでは最強の川崎フロンターレを完封しての圧巻の3連勝優勝を飾ることができた。多くの面々が残留し、健太監督体制の継続が決まった中では来年へと繋がる大切な一年であったと感じている。
2021年もコロナで混沌とする社会情勢の中に明るい話題をサッカー界から振りまいていけるように、そして念願のリーグ制覇を目指して懸命に戦うシーズンにしてほしいと祈っている。
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